Thứ Hai, 24 tháng 3, 2014

釜戸の神様

家族と離れ暮らしている私にとっては旧正月に故郷へ帰り家族と一緒に楽しく過ごす時は一番幸せです。一年中忙しいけど暖かい釜のそばにいて家族の為に料理を作る瞬間は大事なことです。何となく、カマの姿を思うたびに嬉しくなります。カマは都市より田舎によく使われています。時代の発展に従って、その代わりとなる電気コンロやガスコンロがますます使われているそうです。しかし、カマはベトナム人にとって大きい意味を持っています。 カマがベトナム人の人心地や習慣に重要な役割を果たしてきます。ベトナム人なら誰でも「Ông Táo/ Táo Quân (カマの神様)の伝説」を知らないかもしれません。この物語では、昔、ティニー(Thị...

春のメロディー

自然界では、春が来ると、冬の間草木のうちに隠されていた生命力が徐々に首を擡げて、伸び伸びと成長し始めます。そして夏には成長活動のピークを迎えて花が満開になって、焼け付くような強い日差します。秋には実を結び、冬には再び生命力を内に止めて、万物が白い雪に覆われて、寒さを凌ぎます。各季節は特徴の美がありますが、やはり多種多様な春が一番好きです。春は草木が芽吹き、生き物は冬眠から目覚めてきます。春は夏のように暑くないし、秋のように寂れていないし、また冬ぐらいの寒い季節でもないです。世間の万物は冬を過ごして、全部生命力が満ち溢れています。春はお母様のように、私達に新生命を与えてくれて、全てのものが新たに動き出してきます。鳥も北の所から飛び帰って、空の中をひらひらと舞っています。春の魂が土と空に溶け込みます。春は自然中の木をよみがえらせます。私もハノイ街に溢れている春の香りを感じて、幸福な気分になります。春及び希望と愛情に溢れる甘美なメロディーは新年に皆さんが愛している人と一緒に味わい楽しむべきな有意義なプレゼントです。新春にちなんだ「春のメロディー」をお送りします。 「Lang...

Thứ Sáu, 21 tháng 3, 2014

「母の釜戸」

昔は、どこも釜戸と薪でご飯を作っていました。 時代の発展とともに、人に代わって、手間がかかる仕事をやる機械が普及に使われています。今の時代は、炊飯器のスイッチポンを押すだけで、 美味しいご飯が出来上がります。 ずいぶんと便利になって、電気やガスに任せていたら、人がそばにいなくても勝手においしく炊きあげてくれる時代へと変わりました。 ご飯が釜戸で炊かれているなんて珍しいと皆さんは驚かれますが、 私の母は25年間に毎日釜戸でご飯を作っています。燃料は薪です。だから、母の釜戸はだれかがいないと、勝手に炊き上げてくれません。 冬は暖かくて良いのですが夏の暑い日には、お母さんは真っ赤な顔をして、顔から首まで汗がたくさん出てきました。大変だったです。昼を過ぎる頃には、暑さにやられてヘトヘトになってしまいます。...

「Xoi Khuc」ソイ・クック

今日は北部の料理、おこわを紹介させていただきます。「Xôi khúc」「ソイ・クック」という料理を一度食べたことがありますか?ソイはおこわという意味で、クックはこの料理に欠かせない葉っぱの名前です。 これは想像以上に私の好みの食べ物です。ずっと気になっていて、でも、なかなか食べる機会がありません。なぜなら、お店で食べられるものではなく、夕方など時々自転車で売り歩いているのを見かけるけれどうまく捕まえられません。^^普通の値段は10,000-15.000ドンぐらいです。日本円でおおよそ50円から75円ぐらいですね。 見た目は普通のおこわです。バナナの葉っぱでで包んでくれます。(普通のおこわは、そのまま新聞に包んで渡されるだけ)一緒に、ゴマの包みもつけています。おこわと何が違うのか…疑問に思いながら食べて見ると…皆さんは外見を見ただけで、この料理がどんな美味しいことかを想像できるでしょう。!!中から何か出てきたのか?ご存知ですか中から出てきたのは、ベトナムではお馴染みの「緑豆あん」です。おこわの中に、テト(旧正月)に食べるBánh...

Thứ Tư, 19 tháng 3, 2014

「子供のころの遊び」

誰にでも子供ころ、友達と楽しく遊んだ、懐かしい思い出があります。その「遊び」は子供を健全に大きく成長させる上で必要不可欠なものです。。。田舎出身の私にとっては幼いころに、森や山が遊び場で、動物が友達です。特に、夏休みに猛烈な暑さを構わないで、友達と一緒に遊び行き、はしゃぎ声が森全体に広がったほど楽しかったです。今、私は田舎を離れて仕事し生活しています。都市へ行った時に、子供達がぜんぜん昔民俗の遊びをやることを見かけなくなってしまいました。その代わりに、子供達は家でゲームをしている、或は親さんから買ってもらったおもちゃを遊んだばかりです。 通信技術の進歩は人々の生活や社会の便宜に大きく寄与していますが、それに従って、伝統的な遊び方が段々なくなってしまいします。しかし、最近、故郷へ帰った時に、子供達は昔民俗の遊びをやっているとことを見て、私は突然、気軽な民俗の遊びについての子供の頃を強く思い出しました。心の中に懐かしい気持ちをいっぱいになりました。皆さんの昔遊びを思い出しましたか?懐かしい遊びの世界へ、子ども達と一緒に行ってみましょうよ。これらの鮮明な記憶の中で、強く印象に残っているものは男の子向け民俗の遊びです。村では私と同じ年齢で男の子ばかりで、私以外女の子がいませんでした。(笑) 毎日、空き地へ行って、童謡の歌を歌いながら、友達と一緒に遊びました。具材は自然から簡単に採取できます。棒、竹、石、紙などから遊び道具を作れます。ベトナムでは民俗の遊びがたくさんありました。私の時代で典型的な遊びの種類についてご紹介させて頂きます。•...

「キンマとビンロウ物語」

甘味、塩味、苦味、辛味、渋味、熱さはキンマに収束されて、そのためにキンマが人生とみなされて、感じる・考えるために食べるものだ。。。 「キンマとビンロウはお話を始めるものだ」 昔から、ベトナム人の精神、物質の生活で、キンマとビンロウを食べることはただの習慣だけでなく、伝統的な文化の価値も持っています。キンマとビンロウは婚約と結婚式、葬式などで不可欠な物です。 キンマとビンロウにまつわ る物語があります。なぜキ ンマ、ビンロウ、その根、 石灰、をセットにして噛む のか、なぜお客さんのもて なしとしてキンマが用いら れるのか、考えながら読ん でみましょう。 ソース:http://vi.wikipedia.org/wiki/S%E1%BB%B1_t%C3%ADch_tr%E1%BA%A7u_cau 「昔むかし、ある村で両親を早くに亡くした二人の兄弟がいつも横に癒合していました。その二人は双子の兄弟で、区別が付かないほどよく似ています。 兄の方が村の先生の娘と結婚し、それからは3人で一緒に暮らしました。 ある日、兄弟は一緒に仕事に出かけ、弟の方が早く家に入ってきました。弟を自分の夫と勘違いした妻は弟に抱きついてしまいました。その時に丁度に兄が帰ってきて、その現場を見てしまいました。その日以降、兄は弟が自分の妻に気があるのではないかと疑うようになりました。 疑われたことを悲しく思った弟は兄夫婦が留守の間に家を出て森へ入りました。森の中をどんどん進んでいくと、やがて大きな川にたどりつき、それ以上進むことができなくなってしまいました。弟はそこでしゃがみこんで泣きました。そしてそのまま石になってしまいました。 家に帰った兄夫婦は弟がいなくなったことに気が付きました。兄は妻に黙って弟を探しに行き、森へ入り大きな川にたどりつきました。それ以上進むことができなくなった兄はそこにあった石にもたれかかって泣きました。そしてそのまままっすぐな木になってしまいました。...

Thứ Tư, 12 tháng 3, 2014

「おぼろ豆腐」

ベトナムのハノイでは6月から夏の季節が本格的に始まりました。 普通の通りに今の時期は一番暑いですが、今年の夏は去年より結構涼しいです。でも、日中は日差しがきつくて、気温が34度ぐらいので、日焼け対策をお忘れなく。(>-^)さて、今日は夏に食べたいベトナムスイーツをご紹介します。 それはおぼろ豆腐で、ベトナム語は「Tao Pho」(タオフォー)です。 「Tao Pho」と言えば、ベトナム人の馴染みで平易なデザートで、道路でTao Pho 売り歩きお祖父さんの姿を思い出しました。 路でTao Pho 売り歩きお祖父さん 大学生の時に、授業を終わってから帰りの途中で、おぼろ豆腐売りお祖父さんの呼び声を聞いたら、いつも2杯をここに食べて、一杯持ち帰ります。(^^)値段が安くて、これ一杯で5000ドン(19円)です。しかし、食べたくてもいつも食べられるわけではありません。というのもTao...

ベトナム風オーマイ三昧

Hang Duong 通りをはじめ、ハノイの旧市街を歩くと、大きなグラスのビンに色々な種類のオーマイを店頭に置いている店が大小取り混ぜて並んでいる風景を見つけます。これは「オーマイ/O Mai」というハノイ名物のおやつです。ハノイ市の人を真似て、オーマイをお茶請けに、おやつタイムを楽しめますよ。^^オーマイとは、乾燥した梅干しにショウガの粉末をまぶしたものが有名ですが、梅以外の果実やショウガ以外の香辛料を使用したものもあります。 接客用の茶菓子として利用されることも多いため、ベトナムの旧正月、祝日の前後はオーマイ専門店が多くの来客で賑わいます。 昔はオーマイが漢方薬や旅に持ち行く保存食として利用されていたが、100年以上前にしょうがや砂糖で味付けをして以来、お茶請けとして食べられるようになったそうです。 現在、オーマイはのどの痛みを和らげ、消化を助ける作用もあると言われています。...

Thứ Ba, 11 tháng 3, 2014

ベトナムの殺虫節

ベトナムの「殺虫節/Tet Giet Sau Bo」を過ごしてみない?  今日、旧暦の5月5日(2013年は6月12日(水)は「端午の節句/Tet Doan Ngo」です。端午の節句はもともと中国の風習です。  旧暦では午の月は5月に当たり、この午の月の最初の午の日を節句として祝っていたものが、のちに5が重なるこの月の5日が端午の節句の日になったということです。「端」は物のはし、つまり「始り」という意味で、元々「端午」は月の始めの午の日のことだったです。  ベトナムでは、端午の節句が別名、「殺虫節/Tet Giet Sau Bo」とも呼ばれ、体の健康、家族の安全、米の豊作を願う日とされています。具体的にどんなことをするかは、地域によって異なるそうですが、いくつか面白い習慣がありますよ。 さぁ~、子供時に、私は端午の節句に、朝からお母さんが市場で「コムジウ」を買ってくれるのをわくわく待っていました。(²^"^)  その後、お母さんは酸っぱい果物を食べさせました。私は食べないと、「チャンー、酸っぱい果物を食べなかったら、お腹の中に虫がぬくぬくと生きていって、だんだん大きくなって、ある日に外に出ますよ」。  私は元々虫が怖いですから、お母さんの話を聞いて、すぐ目を閉じて食べてしまいました。 やっぱり子供だから、何でも信じられます。(笑)  今は、端午の節句の由来をわかりました。お父さんに聞いて地域によって面白い習慣を知っていました。 少し歴史を調べてみますと、、 「中国の伝説では、楚の愛国者だった政治家で詩人の屈原が汨羅江(べきらこう)で入水自殺した後、民衆が弔いのため、また、魚が屈原の亡骸を食らって傷つけないように 魚に米の飯を食べさせるため、端午の節句の日(端午節)にササの葉で包んだ米の飯を 川に投げ入れたのが起源とされる。 このため、日本でも中国などでも端午の節句に食べる習慣がある。実際の考証でも、2000年余り前の戦国時代には出現していたと考えられる。」 ソース:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A1%E3%81%BE%E3%81%8D ...